フッジィの思い出日記
私の子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどをブログ形式で紹介します。更新は不定期です。 みなさんもこれを読んでフッジィとはどんな人か、見つけてみて下さい。
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スキー授業
そうこうしているうちに、季節はまた冬になった。

前にも書いたことがあるように、この時期はうらにある畑で冬の遊びが行われる。
また、僕の住む地方は雪が多かったので、
学校ではこの時期、体育でスキー授業がよく行われた。
その日は、学校までスキーを担いで登校した。

何時間目から、何時間、授業を受けたのかはもう憶えていないが、
みんなで並んで、集団でスキー会場へ出かけていったのは憶えている。

…とはいっても、その会場はうちのすぐうら。
今思えば、(学校まで)行って戻るのにスキーを担いでくのは馬鹿馬鹿しいことだったが。

僕はスキーを担いで歩くのもよたよた…
ストックが外れたり、スキー板がバッテンになったり…
その中、体育系のあの担任は、僕を厳しく見守っていた。

担いで歩くにも、色々と小言を言われた記憶がある。
そうしていると、前の人に、僕のスキーがぶつかった。
先生は、「お前はちゃんと歩くのが難しい。俺が代わりに謝っておく。」
と言うようなことを言ったのを憶えている。

僕の時代は、スキーはカンダハーというワイヤー式の止め具がついていた。
今の時代のスキーと比べると、着脱はえらいめんどくさく感じたものだった。
滑っている時に転んで、スキー板が外れた時はいやになったのを憶えている。

スキー板は単板、合板、その頃高級なグラスファイバーという種類があった。
ちなみに、僕のは合板である。


そんなある冬の日、うちの学校でスキー大会が行われた。

学年が上がっていくと、上手い人は回転種目も行われたが、
僕の場合は直滑降だ。
紙製の三角旗をたくさん並べて立てて、コース(真っ直ぐな)が作られた。
2つのコースで2人並んで滑り、どちらが早く下に到着するかを競うものだった。
勝ち抜きで誰かが優勝するというものではなく、
ただ各々、2人のうちどちらが早いかを競うものだけだったが。

僕は、スポーツが苦手なので、また遅いだろうと思った。

上まで上って、皆が順に滑っていった。

いよいよ、僕の番だ。

下では、親が応援していた。

ハンドスピーカーからアナウンスが聞こえ、ブザーが鳴った。


その後、結果はどうなっただろうか…


実は僕、身体が太っていたので隣で滑る人よりも体重が重かった。
そのせいで、加速がどんどんつき、
隣の人を抜いたのであった。

コントロールは相変わらず苦手だったので、
途中で隣のコースに入ってしまったのだが、
こちらの勝ちだった。

親も喜んでくれ、また、僕もスポーツにはコンプレックスを感じていたので
とても嬉しかった。
そんな、思い出がある。


そして、ついに僕の3年生時代は終わりを迎え、
次回からは新しい学級での話をしていこうと思う。

ここでも、色々な出来事が起こっていくのである。


フッジィ

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劇と音楽の会
3年生の記事も、そろそろ終盤。
あと、残っている記憶はそんなにない。
そんな中、小学校時代に書いておきたい思い出話の1つに、
「劇と音楽の会」の話がある。
これは、今で言う「学習発表会」であるが、僕にとってはこの名前、
何か固くて難しい言葉というイメージがあり、
「劇と音楽の会」という名前の方が好きだ。

この日はもちろん、普段の授業はなく、
ずっと演劇や音楽の発表を見られるので楽しかった。
みなさんもおわかりだと思うが、体育館のステージに
大道具や小道具、照明や幕をつける。
音響に使うレコードやカセットテープ、マイクやスピーカーを設定し、
その中で、各クラスの子供たちが、それぞれ色んな工夫をして
歌ったり演じたりする。
大道具もクラスのみんなの手作り。
また、各種衣裳やお面等も各自で作る。
音楽のクラスは、リコーダや鍵盤ハーモニカ、
カスタネットやトライアングル、
太鼓やシンバル等、色んな楽器で演じる。
(楽器演奏の得意な人以外は、みなリコーダだけどね)

とにかく、みんなの発表をみるのは楽しかった。

僕が一番面白くて好きだったのは、高学年クラス発表の
「ずっこけ殿様」
朝寝坊の殿様を目覚ましで起こすところに、
三輪車に乗って来たばかな男がステージを横切ったりと、
ドタバタな演劇に大笑いしていた。

この頃うちのクラスがやった劇は、
「大きな石」
道の真ん中に落ちていた大きな石が、動物達を通せんぼして、
困った動物達がみんなで色々悩みながら、
やがては力を合わせて解決していくというもの。
あの頃は自分のセリフを一生懸命暗記していて、
落ち着いてセリフを披露していた記憶がある。

演出していた時は、照明がまぶしくて
観客は全然見えなかったのを憶えている。

あと、インパクトが強かったのは、
あるクラスの発表の時に、
途中で照明器具の1つが倒れて、
電球が割れて焦げ臭いような臭いがしたというハプニング。
そんな思い出もあった。

高学年時代にも劇の発表をする機会は2回くらいあったが、
またそれはいつか書いていこうと思う。

それでは今日はこの辺で。

フッジィ

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彼女の家で(2)
その日、学校終わったあと、彼女の家へ遊びにいった。
手ぶらで、何も持たずだったが。

母親には、友達の家へ遊びに行くと言って出たような記憶があるが、
僕が誰の家に行くか知っているみたいだった。

家から歩いて10分以内。今まで何回か家の前まで行った事があるが
今日は気を引き締めて出かけていった。

あの時のワクワクした気持ちは今もうっすらと覚えている。
ドアについている呼び鈴を押した。

彼女が出て来た。明るい顔だった。

そしてその後ろから、彼女と仲良しの、同じクラスの女の子も出て来た。
どのように迎えてくれたかよく覚えてはいないが、
彼女達は、本当に来た、と言うように笑っていたような記憶がある。

それから3人で、色々遊んだ。
女の中に、男が一人(汗)…という環境なのだが。
僕はそんなこと、まだ気にしていない時期だったし、
彼女達は明るく、楽しかった。

結構立派な家で、ダブルベッドがあった。
「うわぁ~、この子お金持ちなんだな~。」と思った。
何して遊んだかあまり覚えていないが、
トランプで、神経衰弱したのは憶えている。

彼女の用事で、もう帰らなきゃならなくなった。
もう少し遊びたかったが、楽しい時間だった。

家へ帰ったら母親が、
「彼女の家はどうだった?」と聞いたので、
「楽しかった」と答えた。

それきり、彼女の家に遊びに行ったことはなかったが、
その後もフッジィのストーカー…いやいや、初恋話はまだ続くのである。

今にして、あの頃は恥ずかしいことをしていたもんだなーと感じているが
そんな僕を家に招いてくれた彼女は、優しかった。

フッジィ

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彼女の家で
読書感想文の賞状は、自分の部屋の机の前に貼った。

それからしばらくして、読書感想文の話も忘れたころ。

この頃の授業では、時々班ごとに分かれて机を固め、
その班で一緒に勉強、話し合い等の時間があった。
みなさんも、そんな記憶があるのではないかと思う。
普通に先生の授業をただ聞いているだけよりも、
みんなでワイワイやりながらできるので楽しかった。
一つの班で、6~8人位が、机を並べ、向かい合わせて
つないだ記憶がある。
また、確かその授業の後が給食のときは、そのままの位置で
給食を食べたような、そんな記憶もある。

これは、その頃の物語である。

この頃の僕は、嬉しいことがいっぱいあった。
前回話したように、初恋の人が隣の席にいたときは、
よくこちらはふざけて彼女を笑わせたりした。
また、彼女が笑ってくれたときは嬉しくなった。

(ここからはあまりおだってひんしゅくを買いそうですが、話を続けます)
実は僕、学校の中では席運がとても強く、
彼女とは2回隣になり、中学でも、当時人気者だった女子の隣に
3回一緒になったことがある。
また、今年の運動会のダンスでは身長の順に並んだ男子と女子の同じ並びの人同士が
組になり、自分の相手もその初恋の人だった。
(グスタフス・スコールというそのダンスは、踊る相手が毎回変わるものではなかった)
そんなことがあって、僕の気持ちはだんだん舞い上がっていった。

ある班授業の時であった。
授業をしているときか、休み時間の時か、給食時間のときかよく覚えていないが、
僕の席から3つか4つ隣の席に、彼女が座っていた。
そんな中、僕はどう言う動機か憶えていないが
ノートを少し破き、
小さな手紙を作った。
鉛筆で何か書いて、
その、向こう隣にいる彼女へ回した。

どこでどうやって、彼女へ渡ったのか、憶えていない。

また、手紙を書いた。
その手紙を彼女のとこまで回した。

今度は手紙に「ぼくはみかんジュースを作るのがとくいです」と書いて
また彼女のとこまで回した。

すると、今度は彼女から返事が返って来た。

そこには「わたしは、ホットケーキを作るのが得意です」と書かれていた。

調子に乗った僕は、
「今日、あなたの家に遊びに行きます」と書いてまた回した。

彼女のとこまで行った。
彼女は、なんか恥ずかしさも感じたような顔で、笑った。

その返事は、何も来なかったが、
彼女の顔を見て、僕は、遊びに行っても良いのかな、と思った。

(続く)

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読書感想文(3)
「そしたら、ここに書いたように書き直して。」

それは、この間提出した読書感想文だった。
担任の先生が僕の読書感想文を多少修正し、それを書いた原稿を僕に渡してくれたのだった。
僕はその通りに書き写し、出来上がった原稿を担任に提出した。


それから、しばらく経ったある日。

ある全校朝会での出来事だった。


僕の名前が呼ばれ、僕はステージに上った。

校長先生が僕に賛辞の言葉を述べ、一枚の賞状が手渡された。

…実はこの日は、あのときの読書感想文で優秀な成績をおさめた人を発表する日だった。

この日は何人かの人が呼ばれ、僕は佳作だった。


あの、とても難問だった読書感想文で、賞をとるなんて考えもしなかったが、
すぐに思い出した。この作文は、大部分親の助けで書いたものだということが。

でも、この作文で賞をとったことについては、その頃はすごく嬉しかったとも、
ズルをして恥ずかったとも、とくに意識してはいなかった。

賞をとったことについては、無論、親はとても喜んだ。

「よかったじゃない、おまえ。」

「これ(賞)とれたのは、親が助けてくれたおかげだよ。」なんてこと僕は言った。

「そんことないよ、これ、おまえが書いたんだよ。」

あーあ、親もわかっていないようだなー。


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プロフィール

フッジィ

Author:フッジィ
子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどを紹介します。みなさまにとってほんわかするような「癒し(いやし)」的なものになれればと願っています。



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