フッジィの思い出日記
私の子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどをブログ形式で紹介します。更新は不定期です。 みなさんもこれを読んでフッジィとはどんな人か、見つけてみて下さい。
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卒業式(8)
そしてついに、この中学校を卒業する時が来た。

思えば、いじめなど嫌なこともたくさんあったが、
今のクラスはいい人が多く、また楽しい思い出もたくさんもらった。
クラスの人気生徒とも話す機会があったし、修学旅行も楽しかった。
そんな思い出を胸に、新たな旅立ちが始まるのである…。

…なんて、カッコつけるのはいいのだが…。


音楽の授業で、

「それ~は~山の~…」
いよいよ、僕達もあの歌を歌うのかと、内心楽しみにしていた。
あの、レベルの高い歌いがいのある「山の息吹」だ。

しかし…

多くの生徒たちは、乗り気でなかった。

結局、最後のそのフレーズをちょっと練習しただけで終わってしまった。

卒業式は、いつも音楽の授業で歌っていた、「巣立ち」に決まった。

過去の時代の生徒たちがいかに一生懸命、熱意あったのに対し、
僕の時代からは、そうではない人が多くなったと感じた。
そういう場面が、あちこちにあった。

そして、卒業式を迎え、歌いたい歌は2度もチャンスを逃した。
そういう思い出がある。


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高校受験(2)
センター試験も終わり、受験生はそれぞれ色々な気持ちで帰っていったのではと思う今日。

話は変わって、高校受験。
卒業近づく頃、それぞれの進路を切り拓くための受験シーズンが始まる。

その日は、私立高校の受験日。
志望校に入れなかった時の滑り止めとして受ける人がほとんどだった。

僕達男子生徒が言ったその私立高校、
噂を聞けば、体育系で暴力的なこわいあんちゃんが集まっている所で、
学校もたいそう古くて汚いイメージがあったが、
さすがは私立高校で、最近建て直したらしく、中は新しく綺麗だった。
(今思えば、受験生のために、特に清掃に力を入れたと思うが)
試験は意外に難しく、これじゃこの高校に入るのさえ無理だと思った。
(実際はほとんどの人は入れるのであるが)

試験が終わったあと、中学に戻り、公立高校に受かった場合は
この高校入学を辞退する書類を書いたのをおぼえている。
こういう仕組みになっているのかと初めて知った。

そしていよいよ、本命の高校受験の日が来た。

受験会場は高校であったが、どこの高校で受けたかおぼえてはいない。
塾で何度か模試を受けたが、とても難しかった。
本番も模試と同じように難しいのかなと思った。
国語、数学、科学、社会、英語
国語は結構答えが書けた。
数学も、私立高校のより難しくなかった。
科学も、それなりに書けた。
社会、英語はあまり覚えていないが、難しい方だったと思う。
ただ、どれも模試ほど難しい問題ではなかった。

そして、自分の志望していた高校の受験がようやく終わった。

帰りのバス停まで来た時思った。

「ああ、もしも普通校(自分の本来行きたかった)を目指していたら落ちてただろうな…」

そう感じた。


それからしばらくたって、僕の受験した商業情報処理高校の合格通知が来た。



卒業式(7)
ある音楽の時間-。

僕達は、この間から聞こえてきた「山の息吹」をレコードで聞いた。
両側にある大きなスピーカーでその曲を聞いた時、
頭の中がざわざわっとした。
合唱曲がこんなに感動するものだな、と思った。
同時に、僕達が卒業する時までに、この曲を覚えられるのか、と思った。
レベルが高い曲と思った。


僕の1年先輩の卒業式の時。
小学生の時ほどおぼえてはいないのであるが、
小学校の時と違うことの1つは、
制服がみんな違うということである。
このころは当然、みんなは行く高校が決まっていたので、
それぞれの高校の制服を着て臨むわけである。
レベルの一番高い高校は制服がないので、
皆、私服を着てきた。
さすがは頭のいい人達の学校だ、と思った。

また、(当然であるが)中学校の卒業式は、
小学校のときよりもレベルが高く、
感動の大きさも違っていた。
記憶はそれほど残っていないが、
良かったという気持ちだけはおぼえている。
そして、最後にあの卒業曲、「山の息吹」。
皆、一生懸命歌った。
そして、卒業式も滞り無く無事に終わったときは、
「ああ、良くやった!!」と
自分で感動していたのをおぼえている。

自分の卒業式も、一生懸命頑張ろうと思った。


高校受験
中学3年も、半年を過ぎ、受験勉強に励む時期となっていった。
みんなは毎日どのくらい勉強しているかは知らず、
勉強の仕方も未だよくわからない僕は、毎日の勉強に苦労していた。
中間テストや期末テストも、好きな科目はまあまあの点数で、
英語等苦手な科目は、点数は満点中半分も答えられないことが多かった。
期待をふくらませていた、初めて小学校時代に知り合いから英語を習っていた時の、
あの気持ちは何だったんだろうと思った。

そんな中、ある日の事。
担任の先生が言った。
「1年生の時に、技術家庭科の先生をしていた人がいたでしょう。」
僕が1年生の時によく怒られていた、怖くて有名な、技術家庭科の先生。
その頃、工具と製図器は生徒たちがめいめい学校に申し込んで購入し、
また、兄等のお下がりを持っている人は申し込む必要はないので購入しなかった。
今まで大概のものは親がやってくれていたので何とも思っていなかったが、
今回は僕はどうすればいいかわからず、自分で親にお願いしたりする事もわからず、
技術家庭科の先生に申し込むやり方もわからない。ましてや厳しい先生に
申請することは至難の業の僕には、工具と製図器を買うことが出来なかった。
購入をあきらめて、自分は授業で何もせず何とかしのごうとも思った。
でも、ひょんなきっかけで、購入することができた。そんなエピソードがある。
また、「一番早くできた人は、チョコレートやるぞ。」という意外な一面も持っていた先生だった。
2年生になって、その先生は他のクラスで授業をしていたが、
最近は病気で、美術の男の先生が代わりに受け持っていたのであった。

「その先生が最近亡くなられました。」

周りからは、「へぇ~死んだのか~。」と、ざわざわ声が聞こえてきた。
最近はこのような出来事があった。


学校で授業を受けていた、ある日の事だった。
音楽室の方から、何やら合唱の声が聞こえてきた。
最近何度も聞こえる歌で、同じところを何度も繰り返し練習していた。

後にその歌は、「山の息吹」という歌と知った。
毎年、卒業生が披露する、伝統の曲らしかった。

(次回は、僕が2年生の時、先輩達の中学校での卒業式について話をします。)

今までで一番びっくりしたできごと(2)
その女子生徒は、親しい友達らしいもう一人の女子生徒と、
宣教師から神様の話を聞いていて、もうすぐバプテスマ(浸礼、洗礼)を受けるそうだ。
もしも彼女が教会に来たとしたら…となんとなく夢見ていたのが
現実になるのは大きな驚きであった。

儀式を施す人は、空沼岳で一緒にキャンプした、空手と落研をやっている兄ちゃんだった。
そしていよいよその日がやってきた。
当日は日曜日だったと思う。その2人の女子生徒の他に、
もう一人儀式を受ける人がいて、全部で3人いた。

そしてめでたく、彼女たちは教会に入り、僕たちの仲間になったのであった。
みんなで撮影した、記念写真の光景を今でもおぼえている。
また、このころから、僕たちと同じ中学生の教会員がとても増えた。
同じ時期に教会に入った人同士は、仲が良くなるものである。
僕も色々な人と知り合うことができた。

また、僕はその、影ながら憧れていたその人に、話をしたいと思った。
しかし、僕には話せる事がなかった。
でも、何とか話をしたいと思い、話したいことを4つほど考えた。
そして教会であった時、順番にそれらを質問した。
そして、あっという間に話は終わった。
終わって別れるとき、「ああ、(話し方は)これで良かったのかな?」と思った。

それからしばらくたって、彼女は中学から下校するときも、

「◯ちゃん(フッジィ)バイバイ。」と

声をかけてくれるようになった。

嬉しかったのをおぼえている。



プロフィール

フッジィ

Author:フッジィ
子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどを紹介します。みなさまにとってほんわかするような「癒し(いやし)」的なものになれればと願っています。



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