フッジィの思い出日記
私の子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどをブログ形式で紹介します。更新は不定期です。 みなさんもこれを読んでフッジィとはどんな人か、見つけてみて下さい。
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集団下校
 小学校1年か2年の頃だったかと思う。
前にも書いたと思うけど、この頃の事はあまり印象に残っていない。
それは、多分小学校3年を過ぎたとき、色んな事件が起きてくるからである。その頃のことの方が
よく覚えている。
ただ、この頃も印象に残った事がいくつかあって、今思い出すと懐かしいものである。

何となくだが、今日は早く授業が終わったような日だった。
そして、今日はみんなそろって家へ帰る、集団下校の日である。

確かいくつかの地区に別れていて、それぞれのグループ毎に固まって一緒に帰るのだった。
「○分団○組」というように、一人一人に教え、みんな自分の組名を覚え、同じグループを探して集まり、
一緒に帰るのである。
当時の僕は、その意味がよく分からなかった。そんなグループ名もあったか覚えていない。
そのときは、先生、生徒のリーダーの言っている事を意味わからずにただ聞いていただけだったようだ。
そして、やがて、みんなが一緒に動き出す。僕も、いつものクラスの人と違う、顔も知らない年上の
生徒たちも混じっているそのグループと一緒に歩いた。
校門を出て、右に曲がった。僕の家は、帰るためには左に曲がらなければ行けなかった。
僕は、まだ帰るのでなくどこかへ用事に行くのだろうと思った。
何も不思議にも思わず、心配もしなかった。大きめの側溝のある横の道を、みんなと一緒に歩いて行った。
しばらく真っ直ぐ下ってから、今度は右に曲がった、あまり来た事のない、見慣れない風景の場所だった。
他の生徒たちは、友達のいる人達は話をしながら歩いていた。僕は、知っている人が誰もいなくて、
当然、話をする人もいなかった。もっとも、僕は普段ほとんど人と話さなかった。話すのは、家族と、
親戚と、教会の人と、あとごく親しい友人くらいだった。

そのうち、家もあまり並んでいない場所へ来た。
道からちょっと離れたところに、古い家が何軒か建っていた。

不意に、ある年上(年長者と思われる)の生徒が僕に話しかけた。
「君は、こっちの方面じゃないんじゃないかな。」
そのとき、やっとみんなが家に帰っていることがわかってきた。僕の家は方向が全く正反対だった。
一人でもと来た道へ戻り、家に帰った。
今思うと、それが集団下校だったかどうかはっきりは覚えていないが、全然意味が分からずにみんなに
ついて行ったことは覚えている。全く、僕はこういう性質だった。


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いじめっこいじめられっこ
小学校、どこのクラスにもあったと思われる存在がある。
いじめる人、いじめられる人である。

1年生のころ、教室のみんなの机には、それぞれの生徒の名前が書かれた紙が貼ってあった。
僕は一人一人の名前を見ていた。その中で、ある人の名前がなぜか頭の中に覚えたままだった。
印象がある名前かというと、そうではないのだが。

何週間かたった頃、僕はその男の子からパンチをくらったり、いたずらされたり、追いかけられたり、
そう、自分はいじめられっこの部類である。
追いかけられたとき、なぜか怖くて逃げるという気持ちではなかったが、つかまってたたかれたりすると、
すごくいやな気持ちが残る。
やがて、その子は僕のいじめの常習犯の一人となっていく。学校の中では、悩みの種となった。

その人も、仲間ができて、いじめの人は増えていった。
今思うと、笑い話のひとつにもなるのだが、帰り道にその子たちが遠く、前にいると、早く帰りたい気持ちを
我慢して、見つからないだけ距離をあけて、後ろからゆっくり帰ったものである。
給食の時間ははらはらの毎日。パンを入れてたビニール袋を膨らまして、耳の前で「ボン!!」と
割る人がいたり、みんなも覚えていると思うが、パンの袋に指を押し込んで穴の開かないように小さな風船を
つくり、ねじって空気が出ないようにして、耳の前でつまんで割る。あれをやられたら、しばらくは、
「キーーーーーーン」という音が止まらないのだった。横と後ろは特に用心だ。お習字の、半紙を入れてた袋
を割る人もいた。紙の袋だと特に大きい音が出る。

そんないじめっこが、仲良くできるように配慮してくれたのはうちの母だった。
後に、そのことを書こうとも思うが彼を教会に誘った事もある。
友達にもなり、いじめっこでもあった彼の話は、とりあえずこの辺で。 フッジィ


マイクセット
フッジィはDJというキャラクター上の設定だが、DJに必要な物の一つにマイクがある。
僕は子供のころから、どちらかというと音響関係の機器は好きな方で、
マイク使って歌ったりするのも好きな方である。
そんな僕が初めて自分のマイクを所有したのは小学校低学年くらい。
誕生日か何かのプレゼントでもらったマイクセットである。

それは単に、小さなスピーカー(アンプと言うべきか)に、マイクがコードでつながっているだけのもので
(その当時の時代を考えれば想像しやすいと思う)あったが、僕にとってはとても嬉しかったのである。
家族と一緒に使って遊んだような記憶が何気にある。歌を歌ったような憶えも(かなり忘れたが)。
スピーカーにマイクを近付けると、ハウリング(うるさい音が段々大きくなる)が起こることも
その時覚えた事である。
みんなで歌ったりするのは楽しいものである、ということを覚え始めたからか、親戚のうちに遊びに
いくある日、そのマイクセットを持って行きたいと思った。
そこに集まる親戚みんなに歌って欲しい。そんな事を考えていた。そして、店から木製の棒を一つもらい、
マイクスタンドを作った。
そして、親戚の家に行く夜。僕は、おじさんやおばさんが、このマイクスタンドで歌う姿を想像しながら、
家族みんなで出かけた。そして、そこでご飯を食べた後、僕はみんなにこのマイクセットをで歌って欲しい
ことを言った。親から言ってもらったか、自分から言ったか、あるいは歌って欲しいけど、自分から
うまくその気持ちを表現できなかったか、今はもう憶えていないが、自分の思い通りにいかなかったことは
はっきり憶えている。ついに、かんしゃくを起こして泣き出すまでになった。
今思えば、このころの自分はうまく自分の意志を伝えられず、また、相手が自分の気に入るようにしてくれ
ないとだだをこねていたと感じている。母親からはよく、わがままだと言われていた。
結局、あの時歌ってくれたのは、自分より年下のいとこ一人だけで(好意で歌ってくれたと思われる)、
その歌は、「♪私馬鹿よね~」で始まる歌(心残り…でしたっけ?)で今でも憶えている。


プロフィール

フッジィ

Author:フッジィ
子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどを紹介します。みなさまにとってほんわかするような「癒し(いやし)」的なものになれればと願っています。



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