フッジィの思い出日記
私の子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどをブログ形式で紹介します。更新は不定期です。 みなさんもこれを読んでフッジィとはどんな人か、見つけてみて下さい。
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家族の行事
子供の頃は、僕も家族でよくどこかへ遊びに行った。
初めに書いた通りうちは米屋で自営業なので、日曜日以外は休めず、
父親か母親どちらかが店にいなければならなかった。
ことに父親は配達をやるので、ほとんど休むわけにはいかなかった。重い米を運ぶ仕事だし、
運転免許を持っているのは父親だけであった。
平日は、よく母親が親戚と一緒に動物園や公園等に連れて行ってくれたが、家族全員で
レクリエーションできるときは、多くは日曜日だったと思う。
家族での行事は、近郊をドライブすることや、自然に触れることが多かった。それか、その行事が
自分にとってよく憶えていたことかもしれない。
前に、父親と一緒に歩いたところの話をしたが、途中の分かれ道のところで別な道に入ると、
林や草原のある、ちょっとしたハイキングコースへ行けた。
学校の遠足でもここを通ったことがあった。
草原のある公園では、春は色々な桜の花も咲き、また、小川ではザリガニがとれる、きれいな場所だった。
たしかその日も、みんなで自然散策に行ったと思う。家から車で学校を過ぎ、確かその分かれ道から車で
目的地に行った。
当時そこでどんなことをしたかよく憶えていないが、まあ楽しんで帰ることになった。
車で出発した時、何か変だと感じた。
「行きと帰り道が違う」
僕の例の心配が出てきた。ご飯つぶの経験幼稚園での集団帰宅、行きと帰りの道が違うことで
黙っていられなくなった。
「こっちから帰りたくない」
そんなことを両親に主張した。しかし、自分のわがままは結局聞いてもらえなかった。
とうとうけんかみたくなり、僕は、一人で同じ道から家に帰ると言い、車を降りた。
もと来た道をてくてく歩いて一人で帰る途中、何か聞き慣れた音がした。
後ろからゆっくりと、うちの車がついてきたのである
子供が一人で歩いて遠い道のりを歩いていくとなると、それは親は心配だったと思うが、
当時の僕にとって、まさかわざわざ自分の帰る方へ来てくれるとは思っていなかったのでびっくりした。
それからも、行きと帰り道が違うと、気になるのはしばらく続いていたが、
だんだん大きくなるに連れて、それはほとんどなくなっていった。
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夜尿症
子供の頃悩んでいたものの一つは、おねしょ(夜尿症)であった。
親の話しによると、僕が3つのとき、弟が生まれてそのときあたりから
始まったそうだ。母親が産婦人科に入院して、寂しくなってのことだそうで。
自分はよく覚えていないが。
なんせ、毎日のように朝起きたら布団がびちゃびちゃ…
表で干してもらったり、ズトーブにあぶって干したり…
洗濯は大変だっただろう…
自分でも、治らないので困っていた。
漢方の薬を飲み始めた。
…でも一向に変わらない。
他にも、母親は情報を仕入れると色々やってくれたが、
やはり、変わらなかった。

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遠足(1)
遠足では色々な思い出がある。
小学校生活でみんなも何回かはしたことがあると思う。
僕の遠足にまつわるエピソードが色々とあったので、何回か書くつもりである。
遠足は、課外授業の1つでお弁当とおやつを持って近くの山や海、
時には住宅街を歩いて行くものもあれば、
下駄遠足と言って、すぐ近くを歩いて弁当も持たずにそのまま家に帰るものもあった。
自分にとって、かなり遠くまで歩いて行った記憶があり家に帰った頃には
へとへとになっていたものである、いや、歩いている途中ですでにへとへとになっていた。
その日は、確か近くの山を登って、上にある広場かなにかまで行った時である。
1年生か2年生の頃だったと思うが、生徒たちはみんな、男の子と女の子がペアになって、
手をつないで歩いた。僕がペアになった女子は、ちょっと変わっていた。
(僕の方が変わっていたかも 笑)その子もほとんどしゃべらない子で、いつも
笑ったことのないような、泣いているような変な表情をしていた。
人前でハキハキとしゃべれない、どちらかというと何か質問して、
「うん」「いや」を首の振り方で示すようなタイプの子だ。
僕はその子には全然関心がなかった。ま、幼稚園児や低学年の頃は、みんな全然
意識もせずに手をつないで(みんなで)歩くことはあっただろう。
(現代では幼稚園の頃はもう既にマセている子も多いようで …こわっ)
僕は、みんなよりもゆっくりで、いつも周りから追い越される方だった。
みんなはよくも、坂を元気に走って登れるよな、っていつも思った。
気がつけば、周りに人は誰もいなく、僕と、手をつないだ彼女と2人だけに
なっていた。
なんとか登って行かなきゃと、少々焦った。
彼女は(こわいのか)泣きはじめた。
それでも、手をつないで一緒に登って行った。
今思うと、どうやって無事に目的地についたかはわからない。
子供の頃、そんな思い出があった。

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昼休みの過ごし方
幼稚園の頃もそうだったけど、フッジィは休み時間1人で遊ぶ方だった。
理由は、これといってない。ただ、1人で遊ぶだけである。
学校の玄関を出ると、正面にグラウンドがあるのはどこも一緒だと思う。うちの学校は、
砂よりも荒く、砂利よりも細かい石の粒(直径2〜3ミリくらい)が敷き詰めてあった。
土のグラウンドはどうか知らないが、転ぶと簡単に擦り傷ができるものだった。
多くの男たちは、体を使った遊びをみんなでしていて、
女の子たちは、縄跳びやけんけんパー(片足で、地面に書いた○を跳んで遊ぶもの)
等をしていた。
僕はというと、地面に絵を描いたり、(これはやる人も多い)
小石を見つけて並べてみたり積み上げてみたり、
地面に落ちている珍しいもの(キラキラしているガラスのかけら、草花とか)を拾ったり、
変な遊びもした。
爆弾ごっことでも言おうか、(詳しく覚えてないが)
1人で石か砂か何かを積み上げて置いたりして形を作り、時間(秒数)を決めておき、
数えて逃げる。そして、その秒数が経ったらそこへ戻ってみる、という、
一見おかしなこともやっていた。
今思うと、想像力を働かせながら、自分の考えた遊びをしていたのかもしれない。
今もそうだが、一人で解くクイズやパズルは好きである。
スポーツ系など体をつかうのは好きではなかった。
外での遊びで好きなのがあるとすれば、昆虫を見つけたり、
花を観察したりすることである。
科学や化け学、電子工学は興味があった。そのころはまだなかったが、
コンピュータやテレビゲーム系は特に興味があった。
あと、僕は1人ボーーーッとしているのが好きだった。前に書いたように、
群れをなして飛ぶ鳥を眺めていたりもしたが、特別なにも考えずにボーッと
していることが多かった。
後に記述するつもりだが、高学年になるとクラスメイトから遊び(体を使った)に
誘われることが多くなった。
1人でいてもよくないからという理由だったと思う。
面白そうではなかったけど、一緒に遊ぶことになった。
そこで色々な経験をするのだが、それはまた書くことにする。

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フッジィ

Author:フッジィ
子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどを紹介します。みなさまにとってほんわかするような「癒し(いやし)」的なものになれればと願っています。



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