フッジィの思い出日記
私の子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどをブログ形式で紹介します。更新は不定期です。 みなさんもこれを読んでフッジィとはどんな人か、見つけてみて下さい。
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年末のご挨拶
今年も残すところあと3日。早いもので、あっという間に
もうこの時期です。1年は早いですね(苦笑)。

最近、仕事がつまっていてなかなか記事をアップできなく
なりまして(今も家に仕事持ち込んでますが)、読者の
みなさまの中には待ちぼうけた方もいらっしゃると思います。
これからも根気よく記事をアップしていきたいと思いますので、
今後ともフッジィをよろしくお願いします。

今年1年、ありがとうございました。

来年もよろしくお願いします。

良いお年を。

フッジィ


p.s.次回の記事のタイトルは、「猩紅熱」の予定です。お楽しみに。

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いじめっ子と僕
4年生の頃だった。

入学した時からのことであったが、
ずっと僕の悩みの種になっていたことがあった。

それは、いじめっ子Y君

だいぶ前の記事にも書いたが、彼にはだいぶ悪さされた。
彼はどちらかというと、カッとなったりする方ではなく、
ふざけながらからんできたり、ポンポンたたいてきたりする方。
いたずらもよくされた。
学校から帰る時、彼がついてきて、意地悪されたりして
思うように早く帰れなかったりしたこともあった。
自分の持っているものとかに、傷つけられたり、
隠されたりしてないかとよく気になっていたものだった。

このことは、うちの母も気づいていた。

いつも彼のこといやがっていた僕に、母はある提案をしてくれた。

「彼と、友達になってあげてはどうだろう。」

確か、僕にとっては、そのような事を言ったような記憶がある。
いや、実際に、彼が僕と親しくなれるように、
色々と助けてくれたのである。

まず、彼を僕の家に遊びにくるように助けてくれた。そして、
時々、ごちそうしたりしてくれた。

彼が僕の家でよく遊んだり、喜んで食事にあずかって
いた姿を憶えている。

彼の他にも、友達を呼んで一緒にふざけていた時もあった。

次に、彼も僕と同じように、G研の本をとりはじめた。
それで、彼のG研注文の窓口も、うちの親がやった。
僕は「学習」と「科学」両方とっていたが、
彼は、「科学」だけをとった。

更には、母親の誘い(だったと思う)で、
彼も教会に行くようになった。
毎週、教会に行って、そのうち、
給食の時間の前にお祈りをしてから食べるようにもなった。

そんなこんなで、いつもいじめっ子だった彼のイメージが
少し変わってきた。

このままよくなっていけばいいけど。

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転校生
ある日、うちのクラスに新しい生徒がやって来た。
学生時代、何度か訪れる光景であるが、転校生がやってくると、
僕にとってはなんか新しい出来事なので楽しく感じた。
また、会ったばかりなのでお互いのことをよく知らないせいか、
話しかけやすいので、大概の転校生とは、顔見知りになる方だった。
今回の男の子も、その1人だった。
彼はやせ形で、背がひょろっとしていた。めがねをかけていたか
どうかは、憶えていない。声色は荒々しくなく、穏やかな方だった。

彼とはいつの間にやらよく話すようになった。
ある日、彼(R君と呼ぶことにする)が、「うちに遊びに来ないか」と
誘ってきた。

「うーん、家に入れないよ。」と、僕は言った。

実は僕、小学校低学年のころから、人に家に入ることが、
恥ずかしくてできなかった。
かつて友達の家に自分1人だけ入れず、ずっと鳥を見ていた時も
まさにその理由からだった。
なぜ恥ずかしいのか、理由は憶えていない。
ただ、初恋の人の家に、自分から押し入ったのは別だった。
なぜ入れたのか、この理由もわからない。
同性の家に行くのは照れくさかったからなのかもしれない。

彼は僕をうちに呼びたかった様子だった。
「大丈夫だよ。うちへおいでよ。」
…結局、僕はしぶしぶ彼の家に行くことにした。

彼の家は、学校の近くの公務員住宅で、
僕が小学校入学した頃に建てられていた。
5階建ての建物の壁の上には、数字で「501」
という形の板がついていた。
そばにはこれから完成する「502」の建物しかないのに
なぜ、いきなり「501」なのか、今思えば謎だった。

そして、初めてR君の家に入った。
今は、そのときどんな部屋で、どんなことをして遊んだか
憶えていないが、一つ気がついたことは、
家に入っても恥ずかしいという気持ちは
起きなかったということだった。

それから、彼の家にも何度か行くようになった。
また何度か、彼を家に呼ぶようになった。

彼とはよく遊んだし、よくけんかもした。

僕の友達の1人についての話である。

フッジィ

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野球(2)
家庭訪問での野球のことについての話も忘れかけた頃…


季節はまだ春だったと思う。今年に入って久しぶりの、
屋外での体育授業だった。

僕は手に、変な形をしたグローブを渡され、
顔にはお面を着けた。
そう、あのとき志望した、キャッチャーをやることに
なったのだった。

今日は野球の実習だった。

変な形のグローブはミットと呼ばれているのがわかったのは
だいぶあとのことだった。

バッターの後ろにしゃがみ、ミットを構えているとき、
僕は思っていたよりも緊張することを感じた。
しかし、それだけではすまされなかった。


ピッチャーは小柄で、機敏な動作のできる男子だった。

「シューーーーーーーーーッ…」という音を立てて、
ボールが飛んできた。


「あイテッ…  いたたたた…」



ボールはうまくとれず、腕の先に当たった。



「イテッ…!!」



何回来てもうまく受け取れず、そのたび身体のどこかにあたった。

初め、僕は、投げる球は軟球と聞いていた。
てっきり僕は、2、3年のときに親とキャッチボールに使っていた
やわボールのことだと思っていた。

しかし、軟球は、硬かった。
ましてエースの投げる速球はなおさら硬かった。

ぶつかる度に、痛みを味わった。

ついに、怖くなって、球が来ると逃げ出した。

周りの男子生徒は、
「なにやってんだよ、なに逃げてんだよ」とどやした。

しかたない、もう一度、配置に付いた。

ピッチャーの男子生徒は、なかなかとってもらえないので
ゲームはつまらないものになっただろう。

僕にとっては、バッターがボールを打ってくれた時が幸運だった。


ある時、ピッチャーの投げたボールがバットに当たった。
打った生徒は、そのままバットを放り投げて走って行った。
偶然にも、そのバットが僕の腹に当たった。

「うっ…」

次の瞬間、息もできないほど苦しくなった。

「おい、どうしたんだよ、なにやってんだよ。」

こんな一大事に、何が言えるんだろう。
もう泣くしかなかった。

結局、キャッチャーは無理だと言うことで、
違う人がキャッチャーをやることになった。

僕にとって大変で怖いものから開放されて
ほっとしたような、プライドが傷ついたような、
そんな気持ちだった。


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子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどを紹介します。みなさまにとってほんわかするような「癒し(いやし)」的なものになれればと願っています。



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