フッジィの思い出日記
私の子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどをブログ形式で紹介します。更新は不定期です。 みなさんもこれを読んでフッジィとはどんな人か、見つけてみて下さい。
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卒業式(3)
いよいよ卒業式本番。

体育館の4隅でストーブ焚いて、前側の列には卒業生たちが、
後ろ側には在校生たちが並んで座っている。
その日も、静かに、慎ましく行われた。
卒業生1人1人が、いつも来ている服とは違い、
今日は皆、中学校の学生服に紙製のピンクの花をつけていた。

卒業証書授与。

1人1人が、卒業証書を取りにステージに上がり、
下りて行く場面をずっと僕は見ていた。
特に知り合いがいるわけでもなく、
彼らについて何かを感じているわけではなかったが、
色んな名前の人が一人ずつ上がってくる様子を
じっと見ているのは好きだった。

卒業生への呼びかけ。
卒業生たちが、いすを後ろ向きにして、在校生と向かい合う。

在校生として僕たちは、
先輩の6年生たちに贈る言葉を述べる。

 「おにいさん おねえさん
  卒業おめでとうございます
  (一同)おめでとうございます。」

それから少しして、僕の話す番が来る。

 「おねえさん おにいさん…」

今日もバッチリ言えた。

やがて、今度は卒業生からのあいさつが始まる。


 「…ナウマン象の化石。アイヌの人々のチセ…」

見学旅行の話だ。

 「…お化け大会をしたサマーキャンプ…」

サマーキャンプの話があとに続く。

劇と音楽の会の、「小僧とオニババ」のセリフも、
吹き出して笑う人はいなかった。

そのあと、在校生一同より、「今日の日はさようなら」を歌った。

そして、卒業生代表による別れの言葉を聞き、
いよいよ彼らの合唱による「出発(しゅっぱつ)の歌」。

向かい合う卒業生たちの姿は、大人のように見えた。

 「すばらしい仲間たち 肩を組んで
  明日へ向かって さあ出発だ
  すばらしい仲間たち 肩を組んで
  明日へ向かって さあ出発だ」

何人かの卒業生が、突然泣き始めた。

他の何人かの生徒たちも、泣き始めた。
涙で、歌もうまく歌えなかった。


校庭で「仰げばとうとし」のBGMの中、
涙をながしながら出て行く卒業生たちを見送りながら、
僕も卒業するときは、あんな気持ちになるのだろうか、
感動と、切なさに涙をながしながらお別れするのだろうか、
そんなことをしみじみと考えながら、
この卒業式を過ごしていた。

フッジィ


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卒業式(2)
我が校を卒業する卒業生の、必ず歌う歌があった。

現代の若者達は、卒業式に、よく「旅立ちの日に」と
いう歌を歌うのを耳にする。
混声合唱で男女が歌うこの歌は、僕も好きである。

僕のころ歌われていた歌は、「出発(しゅっぱつ)の歌※」という歌だった。

 「静かに耳を 傾けよう
  夜明けに花が開く音 工場で機械が動く音
  世界の音が 聞こえるよ

  すばらしい仲間たち 肩を組んで
  明日へ向かって さあ出発だ
  すばらしい仲間たち 肩を組んで
  明日へ向かって さあ出発だ」

という歌詞の歌である。

混声二部合唱のこの曲は、今はあまり耳にしないが
その当時の方は知っている方も少なくはないと思う。

ピアノの旋律と、静かできれいな合唱の歌声は
僕も好きになり、あの頃の気持ちは今でも記憶に残っている。

よく、クラスメートの中で、「すばらしい仲間たち」をもじって、

 「すばらしいドブネズミ」やら、
 「にくたらしい毒マムシ」

などと歌っている人もいた。
これも懐かしい思い出のひとつである。

今回卒業する、僕たちの先輩も、卒業式でこの歌を歌う。
卒業式の練習でも、何度か聴いた。


さて、話は変わって、僕たち在校生の呼びかけの話をちょっとしよう。


 「おにいさん おねえさん
  卒業おめでとうございます
  (在校生一同)おめでとうございます」

毎年、こんなセリフで「卒業生への呼びかけ」が始まる。
前回も書いたが、全員が話す所や、割り当てをもらった人が
1人で話す所、何人かで話す所を色々混ぜながら行われる。
誰もが経験したことあるだろう。

ちなみに、僕もその時1つのセリフがあたっていて、
2回目に呼びかける、

 「おねえさん おにいさん…」の
 「おにいさん」の部分を僕がやった。

このあとのやり取りは、もうあまり憶えていないのだが、
中盤くらいになると、今度は卒業生から語りかけ、
見学旅行の話や、サマーキャンプの話、
劇と音楽の会の、思い出を話す場面が出てくる。

劇のタイトルを発表する中で、
「小僧とオニババ」
というタイトルを発表された時に
一部「プーーーーーーッ」と吹き出して笑った人がいた。

そんな感じで、何回も練習したのを憶えている。



いよいよ、次回の記事に本番のことを書いていこう。

(続く)


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卒業式
ある全校集会の時のことである。

全校集会か何のときかよく覚えていないが、
1人のここの学校の卒業生が来てみんなに挨拶した。
その男性は大学生だったが、もううちの親くらいの大人だった。

「大学生って、もうこんなに大人なのか。」と
その時、強い印象を感じた。

僕より1学年上の、6年生の人達も、大人に見えた。

昼休み、6年生の人と交じってみんなで遊んだことがある。
電車ごっこしたのを憶えているが、僕がつかまっている
前の男の人が6年生で、お兄さんみたいに感じた。
なんか温もりも憶えている。

でもあとで僕が卒業して中学生になったとき、
同級生が全然大人になっていなく、
僕自身も子供のままと感じていたのは不思議であった。

そして、そのお兄さん達も、いよいよ小学校を卒業することになった。

毎日のように、僕たちや卒業生が体育館に集まり、卒業式の練習をした。

御存知のように、僕たち在校生は、
卒業生への贈る言葉を台本どおりに練習するのである。
みんなで一斉に話したり、男性だけ、女性だけの部分もある。
また、割り当てを受けた部分を、1人か数人で話すところもある。

卒業生は、1人1人卒業証書を受け取る。
名前を呼ばれて、1人ずつ延々と続く時間である。
また、最後には卒業生代表による、お礼の言葉がある。


僕は、この卒業式のこの時間の流れが好きであった。

1人1人が卒業証書を受け取るのを、ぼーーーーっとしながら
のんびりした気持ちで見るのが好きだった。
その間に流れてくるBGM(何の曲かわからないが)が
3曲何回も繰り返して流れてきた。
1曲、特徴的な曲があり、それが気に入った。
今でも、その曲の一部を頭の中に憶えている。
卒業式が間近になって、BGMは違う曲になったが、
今度はいろんなわらべ歌などがたくさん流れて、
これも好きになったのを憶えている。


そして、いよいよ卒業式本番。

(続く)

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電子オルガン
音楽の時間-

それは普通の教科の授業とは少し違っていた。
(僕にはそう感じた)

まず、国語、算数、理科等とは違い、音楽室で行われた。

先生が音楽専門の先生だった。

そして、気楽な感覚でできる授業だった。

先生の話を聞いたり、黒板の文字を書き写したりするような
疲れてくる授業とは違い、一緒に歌ったり、演奏したりする、
僕にとってはある意味課外授業みたいな感覚で受けていた。

あるときは、レコードでクラシックを聴いたりもした。
小学校の授業にはつきものの、ソプラノリコーダーも吹いた。

出来る人は、音楽の発表にアコーディオンや打楽器を
演奏していた人もいた。

そんなあるとき、我が校の音楽室に新しい楽器が入った。

電子オルガン。その当時はY社のエレクトーンが主流になっていた。

以前は、鍵盤楽器はオルガンかピアノが使われていた。

先生が、少し弾いてこの最新楽器を紹介してくれた。

いろんな音色があることを説明してくれた。
電子オルガン特有の電子音はもちろん、
弦楽器や鉄琴のような音もあった。

面白かったのは、リズムボックスだ。

そこからは、たいこの音やシンバルの音、あと、
サンバ等のリズムに使う珍しい打楽器の音も聞こえてきた。

このリズムが気に入って、また聞きたいなと思うようになった。

音楽の授業は終わって、それからもこの電子オルガンに
お目にかかることはしばらくなかったが、

もう少し先になって、我が家にも
この電子オルガンが入ることになるのである。

その話は、またの機会で。


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レコード
小学校時代、このころも僕は、
学校以外での遊びと言えば、
外でワイワイさわぐような遊びはしなかった。

帰ったら家で過ごすことが多く、友達と遊ぶときも
うちか友達の家の中で遊ぶことが多かった。
それでも、僕はその方が好きだったし、
また、家の中で遊ぶ友達が多かった。

小学校2、3年生の頃だったか、
我が家に新しいレコードプレーヤーが来た。
とは言っても、親戚からもらった中古で、
そのころうちは珍しいものは、
よく親戚からもらっていたのが多かった。

テレビ、カセットテープレコーダー、レコード、
洋服のお下がりなんかもよくもらっていたと思った。

昔、最初に使っていたレコードプレーヤーは、もっと
小型のもので、ふたを閉めれば取っ手でかばんみたいに
持ち運びできるタイプのものだった。
あのころは回転速度が33、45の他に、78という
速いものもあったが、それを使って演奏できるレコードはなく、
僕はわざとに遅い回転のレコードを78回転で聞いて
速い声とベースとドラムの音に弟とゲラゲラ笑っていたのを憶えている。
そのあと、いつも母親に叱られるのだが…

今度もらったプレーヤーはステレオで、
ラジオもついていた。病気のときは、よくラジオを聞いていた。

一緒にもらったレコードは、その当時はやっていたらしいもので、
由紀さおりの「手紙」や「生きがい」とか、あおい輝彦の「二人の世界」とか、
内山田洋とクールファイブの「噂の女」、
洋楽ではウェストサイドストーリーの「トゥナイト」や「マリヤ」、
薄いプラスチックのレコードで、ワルツの曲も見つけた。

…時代が感じられるこれらの曲、僕は特に知っていたわけでなく
好きと言うわけでもないが、何気なく聴いてて、
気に入った曲は何度か繰り返して聴いていたのを憶えている。

「聴き終わったら、スイッチ消してね。そのままにしたら
熱っつくなってこわれてしまうから。」と母から言われ、
まめに切っていたが、ある時消し忘れてたまたまふと見た時
ステレオのラジオの周波数と針がのってるところのあかりが
つきっぱなしになっているのを見て、びっくりした事がある。
それ以来、スイッチを消し忘れて、暗い中にそのあかりが
はっきりついている様子が恐ろしいと感じた夢を時々見た。

そんな頃、ある、親の教会の友達が、珍しいレコードをくれた。
うちにはあまりなかったLPレコードで、アメリカの合唱団が
歌っている歌だ。タバナクルクワイヤーという、教会の合唱団だった。
バッハの、「主よ人の望みの喜びよ」をはじめ、
いくつかの賛美歌が納められていた。

僕は、その大半は知らない曲だったが、
そのきれいな旋律に、すぐ何度も聴くようになった。
どの曲も静かで、穏やかな、心が落ち着くもので
(一部、好きになれない曲もあったが)その曲は
今でも記憶の中に残って時々思い出すのである。

当時、大ヒットした「およげたいやきくん」も聴いた。
母親は初め、「街に行ったらたい焼き買ってくる」といって出たが、
僕と弟は、本当は「レコードの方がいいなあ」と言っていた。
帰ってきた母は、「たい焼きでなくて、レコード買ってきた」と
言ったときは、兄弟そろって大喜びだった。
何回も何回も聴きながら、ついには音楽に合わせて茶わんを
箸で鳴らしたりするくらいだった。

大きくなったら、その当時存在していた貸しレコード屋から
よくレコードをレンタルして聴いていたものである。


今もレコードを聴いている家庭はあるのだろうか…

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プロフィール

フッジィ

Author:フッジィ
子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどを紹介します。みなさまにとってほんわかするような「癒し(いやし)」的なものになれればと願っています。



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