フッジィの思い出日記
私の子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどをブログ形式で紹介します。更新は不定期です。 みなさんもこれを読んでフッジィとはどんな人か、見つけてみて下さい。
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初めての英語
僕が小学校5年生か6年生のころだったと思う。
ある日、ある家族がうちのすぐ近くの団地に越してきた。
僕の行ってる教会の人で、最近結婚した夫婦である。
僕が自転車でぐるぐる乗っていたコースの1本上の団地で、
歩いても1分かからない本当に近所の人だった。
当然ながら、うちにも時々遊びにきてたし、
僕も教会の人が遊びに来るのは好きだったので、
楽しい事が1つ増えた感じだった。

そんなある日、母から話があった。
「彼女は英語が話せるので、習ってみないかい?」
実は、その近所に移ってきた夫婦、
奥さんは英語を勉強していてアメリカ人とも話せると言う。

最近、学校のクラスで、みんなが休み時間におしゃべり
していたのをぼーーーっと聞いていたときのこと。
僕の初恋の人は最近塾で英語を習っているという話をしていた。
「いやぁ、頭のいい人は、やることが違うなー。」なんて
何となく思っていたことがあった。
中学になるとどのみち、英語は習うことになるのだが、
僕もこの機会に、そこで英語を習ってみようかなと思った。

親友の1人、M君も誘って、週に1回、習うことにした。
月謝は確か数千円くらい。
テキストも購入した。あとで分かったのだが、中学1年の英語
授業で使う教科書だった。

This is a pen.から始まって、この本の登場人物Ken Okaの会話を
しゃべったりした。
やってみて結構分かりやすく、楽しかった。
英語の文法も、分かりやすいものだった。
まあ、それもそのはず、中1の英語は基本中の基本で、
誰でも分かるようなものばかりなのである。
それでも、自分にとっては楽しく勉強させてもらった。
そんな思い出が、僕にはあった。


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図書委員
憶えている人も多いと思うが、当時の小学生は
縦8cm横4cmくらいの名札をつけていた。
軟らかいプラスチック製のケースに
「○○小学校」と刺繍された布製の名札が入る。
そこの横に、○年○組、何の何べえと名前をひらがなで書く。
そして更に、ある人達は小さな黒のフェルトを
名札と一緒につけ、「学級」とか「規律」とか
係の名前が書いた小さなバッジがついている。
そう、いわゆる、クラスの委員である。

今は、「いきものかかり」とかみたいな「○○係」
という名前もよく聞くが、そのころあったのは、

 学級代表
 規律委員
 給食委員
 体育委員
 保健委員
 図書委員

など。(他忘れた)

僕は、今回のクラス選挙で、初めて委員になった。
図書委員で、確か何も考えないで立候補した記憶がある。

かつて、クラスの同級生と口げんかした際に、
そばにあった貸し出しの本を突き飛ばして
図書委員を呼びだされ、彼に怒られる前に
自分で自分の頭をたたいていた、そんな思い出がある。
その屈辱を晴らしたいがためか、そうではないか…。
とにかく、なってみたものは、仕事なにかやるしかない。

とは言うものの、何をやったかよく憶えてはいないが…。

あるとき、図書委員は図書室に集まって仕事をすることになった。
放課後か、休みのときだったと思う。
僕も行ったが、どんな仕事をしたかよく覚えていない。
ただ、図書室の中にいて、じっとしていた。

終わるのをただじっと待っていたが、
みんな誰も終わろうとしない。
みんな黙々と仕事をしていたようだった。
僕は帰ったらやる事があり、こう長くも待っていられなかった。
それでもみんなは誰も帰らなかった。
何か僕だけ帰ったら悪いような気がした。
しかし、このままずっといるのは面白くなかった。
そんな小さな葛藤が心の中で繰り返され、
とうとう泣き出すまで、自分の意思を伝える事ができなかった。

「なあんだ、用事があるなら帰ってもいいのに。」

僕はほっとした気持ちで、それからすぐ家に帰った。


今でもなかなか自分の気持ちが言えず、困っている時がある。
きちんと言えばいいのに、と自分で思うのである。

フッジィ

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運動会(3)
今年は、僕にとっての最後の運動会だ。
また、このときのが運動会で一番楽しい思い出だった。

天気もよく、今年も両親とおばあちゃんが来てくれた。
お弁当もお菓子もおいしかった。
特にお菓子で憶えているのは、
コインの形をしたチョコレートである。
網でできた入れ物の中に、何枚も入っている。
これはヨーロッパのコインかな?
同級生と分け合って食べた思い出がある。
ちなみに弟は、持ってたお菓子を同級生たちにせびられ、
あっという間になくなったとか。

今年は5、6年生はオクラホマミクサーを踊った。
もちろん、男女で組んで踊った。

徒競走は、相変わらずビリだった。

玉入れや綱引きは、どっちが勝ったかもう憶えていない。

そしていよいよ、5、6年生競技のハイライト、タンブリングと騎馬戦の時が来た。

前にも書いたが、僕たちはこの日のために、一生懸命練習した。

タンブリング(組体操)は、2人で行う簡単な形から始まり、
倒立、サボテン、2人ピラミッドなどを披露した。
ちゃんと、上手くできない部分は補い合った。

やがて、扇、3人ピラミッド、ブリッジなど、人数が増えてきた。

6人ピラミッドは、僕が一番下の真ん中をやった。
最後につぶれるとき、うでを擦りむいた。
終わった後で、救急係へ走っていったのをおぼえている。

多人数で行うメリーゴーランド、大きな扇なども鮮やかだった。

タンブリングは運動会の中で、とても楽しい思い出の1つとなった。

そして、ついに大詰めの騎馬戦が始まった。

今の時代のような、ただ4人が組んで相手のはちまきを取り合う競技とは違う。
馬に乗る人はみなそれぞれちゃんと手作りの兜をつけていた。
はたもとや、大将もいる。
もちろん、それぞれの簱なんかもちゃんとある。
太鼓の音や、決戦の様子が思い浮かぶような勇ましいBGMが流れる中、
各騎兵隊が順に入場するのであった。

いざ戦うとき、お互い向かい合って
自分の兜を投げるシーンは格好良かった(兜を脱ぐ表現はいささか変だが)。
それからお互い突進して、相手の帽子を奪い合うのである。

僕は身体が大きいんで、一番重心がかかる馬の前側をやることになった。
騎馬戦は、お互い呼吸を合わせるのが重要なので練習は大変だったが、
本番当日は比較的一致して動く事ができた。
どこまで勝ち進んだかまではもう憶えてはいないが、
騎馬戦は忘れる事のできない思い出となった。
(確か、相手チームに最終的に勝ったと思う)

こうして、僕の最後の運動会は、めでたく幕を閉じた。

おまけではあるが、このあと丘の上にある店でチューブに入った
アイスシャーベットを買いに行った。
オレンジジュース味のそのアイス、暑い中だったので
美味しくすする事ができたのも、またいい思い出だった。
袋の裏には、「あたり」が書いてあり、
これがまたおまけだった。


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テレビゲーム(3)
そういうわけで、家へ帰って、貯まっている小遣いを数えた。
お年玉のも含めて、何とか買えるだけありそうだ。
それで、親に今度このLSIゲームを買いたい事を話した。
父親からは、欲しくなったらすぐに買うような使い方を
しないようにと勧められた。

それで、この事について、少し考えてみる事にした。



でも、結局あれこれ考えた挙げ句、自分が他に欲しいものは
思いつかない事、また、どうしても買いたいと思った物
でなければ簡単には買わないという方針を心に抱いていたので
今回はそのLSIゲームを買う事に決めた。

街へ行って、2件くらいデパートを回り、
ようやっと1つ残っていたそのLSIゲームを買った。
(なんでも、もう古くて、ほとんど売り切れていたようだ)


うちへ帰って、さっそく心ワクワクしながら、
ゲームをしたのを憶えている。

やがて、そのシリーズが新しく色々出て、
友達が「ミサイルインベーダー」というのを買った。

やらせてもらって、それがまた興味をひき、
またお金を貯めて買った。

そんなこんなで、家にあるLSIゲームは全部で3種類になった。

今の時代から見れば、単純なレトロゲームであるが、
当時の自分にとっては、はまり込んでしまうゲームであった。

それからかなり後で、ゲームウォッチ、ファミコン等に
巡り会う事になるが、その話はまたいずれ。



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子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどを紹介します。みなさまにとってほんわかするような「癒し(いやし)」的なものになれればと願っています。



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