フッジィの思い出日記
私の子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどをブログ形式で紹介します。更新は不定期です。 みなさんもこれを読んでフッジィとはどんな人か、見つけてみて下さい。
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卒業式(6)
「卒業証書 授与」

いつもの年のように、石炭なのか石油なのかわからないけど
ストーブを四隅に焚いて、卒業式が行われた。

僕がもらう番になったときも、みんながやっているのと
同じように、一礼して卒業証書を受け取った。

ついに、6年間の小学校生活も終わりを迎えたのだが、
その実感は、僕にはあまりなかった。
むしろ、自分の学生としての生活や人生も、
いままでとは変わらずこれからも進んで行くという感覚である。

卒業証書を筒の中に入れて、在校生と向かい合って座り、
いよいよ例の「呼びかけ」の時間となった。
また、去年と変わらないセリフで、
在校生が呼びかけてくれるものと考えていたが、

 「お兄さん お姉さん

  卒業おめでとう。



…えっ?とその時思った。
去年のその時のセリフを読まれた方はおわかりと思うが、
今年の卒業式、僕たちに向けて語られた
祝いの言葉には敬語がなかった。



 「(一同)おめでとう。


一同の言葉も同様だった。

それから、あとはいつもの年のように、
在校生と卒業生の呼びかけが行われていった。
演劇のときの思い出、題名の「火」についても
特に笑いもなくすんだ。

最後は、今回新しく作られた卒業式の歌を歌う番である。
みんなが歌っているところを聞いているとき、
何か、静かなような、歌は嫌いで歌う気がないような、
そう言う感じに聞こえた。
僕は、前にも言った理由があるので
ほとんど、この歌は歌わなかった。

卒業式の間でさえも、付近のいじめっ子から
文句を言われたり小突かれることがある中、
今までの学校生活、卒業式の準備中での
いじめの事があたまをよぎり、
こういうことからも一時は開放されるのかな、と思っていた。

それから何年か後にわれわれの周りでも流行った言葉に
新人類というのがあったが、あれは僕たちのことかな、と
思ったこともある。このあとも、僕たちのときに
変わっていったものはいくつもあり、その都度、
やる気を失っていくのであったが…

結局、僕たちの卒業式は、
泣くこともなければ感動することもなく、
このいやな雰囲気が過ぎ去ったというだけのものであった。
新人類となる僕たちに対する尊敬心のない在校生の呼びかけだと
皮肉めいた妄想を抱いたこともあった。
あれから一年後の卒業式、
何かの用で観客として出席したのだが、
その時の呼びかけは、

「卒業おめでとうございます」

に戻っていた。




というわけで、
僕フッジィの小学校生活はこれで終わるわけであるが、
僕の心の中の卒業式の歌は、
今でも、あの「出発(しゅっぱつ)の歌」なのである。

フッジィ

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卒業式(5)
そうこうしているうちに、
あっという間に卒業となった。

はやいもので、もう6年が過ぎようとしている。
今まで過ごした小学生時代、色々な思い出があった。
…とは言っても、いい思い出より
いやなことの方が多かったかもしれないが。

でも、今までに書いた記事は、
ほとんどがいい思い出だった。

先生は、
「卒業式に着る服は、必ずしも中学校の
学生服でなくてもいいんだよ。普通の服を
着て参加するのもまた違った気持ち感じていいと思う。」
というような事を言っていた。
僕はそれを聞いて、そういうのもいいかな、と
少し心動かされたが、母は僕に学生服を着せると言った。

今年の卒業生の呼びかけも、
去年と確かほとんど同じパターンだ。
思い出の発表の中で、今年も劇の題名が出てくるが、
僕たちのクラスは、「」一文字だけなので、
またも生徒たちが笑った
今年は、僕は何か発表したか覚えていないが、
みんなで練習をしたのをおぼえている。



さて、卒業式当日ー。

僕は中学校の学生服を着て準備をした。
金ボタンに、四角い襟の、普通の学ランだった。
カラー(襟)の内側の部分に固いプラスチックがつけられていて、
慣れないうちは首やあごが痛かった。
母親も後ろから見にきていた。
学校では、確か白い色の紙花をつけ、
いつもと違う前の列のいすに腰掛けた。

さて、僕たちの卒業式、
どんな気持ちで過ごすのだろうか。



続く

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フッジィ紀行、久々に更新しました
フッジィ紀行、1年9ヶ月ぶりに更新しました。

こちらです



フッジィ

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卒業文集
小学校生活もいよいよ大詰め。

小学校を卒業すれば、次に僕たちが行く中学校は
歩いて15分くらいの所にある、大人数収容の中学校である。

そして、今日は卒業文集の作成の日であった。

生徒たちの写真は、少し前に撮った集合写真やスナップ写真があるので、
あとは僕たちのプロフィールを作る作業である。
○の下に四角い枠をくっつけ人の形にし、
○の中には自分の似顔絵、四角の枠には名前や自己紹介の情報を載せるのである。

この作業も数回に分けて行ったような気がする。

自己紹介は書き終わった。
次は似顔絵である。
今思えば、僕はどうやって自分の似顔絵を描いたか覚えていない。
下書きを書いて、なんとか自分の顔を載せたのであるが、
いじめっ子のY君がすっとその絵を引ったくった。
何すんの!と反抗したかったが、その後の暴力が怖くて
手を出せずに返してくれるのを待った。
そして、かえってきたその絵は、
いたずら書きしたひどい顔になっていた。
顔はぶくぶく太っていて、怒っているような顔で、
いやだからすぐに消しゴムで消した。
消しゴムで消したら、残ったボールペンの絵を見て、
「あ、これならまあいいか。」と思ったが、
またY君が来て引ったくった。

今度はボールペンでまた同じ顔を書かれた。
もう何とかしなきゃと思い、先生にも言おうかと思ったが
言うきっかけがつかめない。
また、修正のために上から貼り付ける白いシール用紙も
さっきのいじめっ子とその仲間たちがいたずらに使い、
ひとつも残らなくなった。
そのうち彼らは、調子に乗って野球拳をやりだし、
終いには裸になった人もあらわれる始末となった。

その後、彼らは担任の先生にこっぴどく叱られ、
教室全体がシーーーーーンと静まり返ったのをおぼえている。

そして、文集に載った僕のプロフィールは、
ついにあのひどい顔のままで載ったのであった。


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卒業式(4)
小学6年生も、もう冬を過ぎ
もうすぐ暖かな春を迎える時期となってきた。

いよいよ僕たちも卒業生。
この学校を離れる時期が近づいてきた。

去年の卒業式のとき、また今までも、
僕の心に残っていた卒業の曲があった。

出発(しゅっぱつ)の歌」というその歌。
なんか心の中に、わくわくさせるような、
また、じーーーんとくるような、
また、今までの小学生の思い出を感じさせるような、
そんな曲だった。
去年の卒業生は、その歌を歌いながら泣き出した人もいた。
僕が卒業するとき、またそんなことを思い出すのだろうか、
この学校と別れることを惜しんで涙するのだろうか、
そんなことを考えていた。

そんなころの、ある音楽の時間のことである−。


 「今年の卒業生から、歌が変わります。」


音楽の先生が、僕たちに言った。

何でも、今度新しく作られた卒業の曲を、各校に浸透させるらしい。
今までに歌っていた、『出発(しゅっぱつ)の歌」は、
もう歌わなくなるのである。

そして、その新しい歌を、僕たちは覚えさせられることになった。

…と言っても、この歌は、今までのような二部合唱ではなく、
みんなが同じメロディーで歌うもので、簡単に覚えられるものだった。
それに、歌も短く、その代わりに何番もある単純な曲だった。

それで僕は、(曲が変わったことで)今まで期待していた
卒業式の感動も期待できなくなった。
何より、歌の歌詞の一部に、

 「友達とけんかをして、泣かせちゃったあの日」

という歌詞が気に入らなかった。

僕は今まで、1年生から6年生に至るまで、
ずっと泣かされ役で、この歌詞を書いた人は、
子供の頃自分が友達を泣かせるような、
いわゆる普通の生徒だと言っているような気がして、
差別感をとても感じて腹立たしかった。

それで、僕はここの歌詞を歌うときは、
歌わずに口パクするか、

 「生徒たちにいじめられて、泣かされちゃったあの日」

と替え歌で歌うか、どっちかにしようと思ったものである。

今思うと、僕もたった一度だけ、泣かしたことがあったんだけど…

それから、その新しい卒業の歌を、
歌う練習させられる日が続くのであった。




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Author:フッジィ
子供の頃からの思い出・エッセイ・よかったことなどを紹介します。みなさまにとってほんわかするような「癒し(いやし)」的なものになれればと願っています。



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